“大学の本分”と“職業教育”に挟まれる専門職大学 – BIGLOBEニュース

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 これまでの記事では、専門職大学・短期大学という新たな大学制度は創設されたものの、現存する専門学校からの転換や、既存の大学・短大からの移行を目指す動きは、それほど活発にはならないのではないかということを書いた。それは、既存の専門学校にとっても、大学・短大にとっても、専門職大学の制度は、参入障壁が高かったり、メリットよりもデメリットのほうが大きいと判断されるだろうと考えたからである。

 そうだとしたら、新たに創設された専門職大学は、いったいどこに向かうのか。最後に、これまでの記事を踏まえて考えてみたい。

「学術の中心」としての大学

 ただし、いきなり本題に入る前に、新制度について考える際には重要な視点であると思われるので、2点だけ、留意すべき論点について触れておきたい。

 1つ目は、前回の記事でペンディングにしておいた論点に関わる。それは、現在の大学・短大が、専門職大学・短大への移行を躊躇する理由には、単に移行することのメリット・デメリットの比較からということだけではなく、もう少し原理的な次元での“抵抗感”や“慎重論”があるのではないかということである。

 教育基本法は、2006年に改正された際、新たに第7条として、大学についての規定を追加した。そこには、以下のように記されている。

第7条 大学は、学術の中心として、高い教養と専門的能力を培うとともに、深く真理を探究して新たな知見を創造し、これらの成果を広く社会に提供することにより、社会の発展に寄与するものとする。

 ここでは、大学教育が「専門的能力」の養成を行い、「社会の発展に寄与する」ことが奨励されているが、その前提には、大学が「学術の中心として」、「高い教養」を培うとともに、「深く真理を探究」する場であるという条件規定がある。

 専門職大学・短大は、立法上の手続きとしては、学校教育法における大学についての規定である第83条に、新規に「第83条の2」を追加することで成立している。内容は、以下のとおりである。

第83条の2 前条の大学のうち、深く専門の学芸を教授研究し、専門性が求められる職業を担うための実践的かつ応用的な能力を展開させることを目的とするものは、専門職大学とする。(後略)

「専門性が求められる職業を担うための実践的かつ応用的な能力」の養成を目的とするのが、専門職大学であるとされているわけであるが、問題は、専門職大学といえども、大学である以上は、上位法である先の教育基本法第7条の「学術の中心として」以下の規定の適応を受けるはずだという点にある。ちなみに、「学術の中心として」という規定は、学校教育法の第83条の本体にも、当然のことながら規定されている。

 専門職大学の制度設計は、本当に、こうした意味での「大学」としての設計になっているのだろうか。

大学の「自主性、自律性」

 もう1つ、加えよう。先の教育基本法の第7条は、その第2項において、次のように規定している。

2 大学については、自主性、自律性その他の大学における教育及び研究の特性が尊重されなければならない。

 もちろん、他の学校種においても自主性、自律性は大切であるが、大学においては特段に、これが尊重されるべきことと定めていると考えられよう。

 ところが、専門職大学の設置基準には、前回の記事で紹介したように、産業界との連携によって教育課程を開発・編成・実施すべきことが掲げられ、そのための「教育課程連携協議会」の設置が義務づけられている。そして、実務家教員の割合、企業などで行う実習の必要単位数などが具体的に規定されている。

 こうした専門職大学の制度設計は、大学教育における本丸である教育課程の編成・実施に対して、その「自主性、自律性」を損ねるものにはならないのだろうか。率直に言って、疑念を完全に払拭することは難しい。

 以上に述べてきたように、研究機能、および大学の自主性、自律性という点でどうしても疑念が残ることが、少なくない大学関係者にとっては、専門職大学という制度に躊躇を感じさせているのではなかろうか。

高等教育段階における職業教育の拡充

 留意すべき論点の2つ目は、専門職大学の制度設計にはさまざまな難点や“無茶”があるとしても、では、現在の日本において、高等教育あるいは中等後教育(post-secondary education)段階における職業教育の充実は必要ないのかと問えば、そんなことはない、むしろ、職業教育の場と機会の拡充こそが求められるという点である。

 それは、以前のように日本的雇用慣行が盤石であった時代であれば、専門職や専門的職種を除く労働者の職業能力形成は、その主要な部分が企業内教育によって担われていたけれども、1990年代以降、そうした体制は、次第に崩れつつあるからである。

 増大した非正規雇用の労働者に対しては、基本的には企業内教育の恩恵は及ばず、正規雇用の正社員に対しても、企業内教育の体制は、OJT、Off-JTともに、従来と比較すれば脆弱になりつつある。求められる労働力水準の高度化や多様化・多種化が、これまでのように、すべてを企業内教育に任せるという仕組みを非効率にさせ、その効果を低減させているという側面もあるだろう。

 また、労働者個人から見ても、自らの職業能力形成を全面的に企業内教育に預けるという体制は、組織への抵抗力を弱め、従属の姿勢を強めさせることは明らかだろう。それが、「社畜」という言葉を生み出すほどの長時間勤務やサービス残業などを生んできたのだとすれば、企業外における職業教育の充実と高度化は、働く者の自律的なキャリア形成にとっても不可欠なものである。

 こうした点で、高等教育段階における職業教育の拡充は、産業界や企業のニーズだけではなく、働く者の側のニーズにも合致するものであり、その推進のための施策は、積極的に講じられるべきである。ただ、筆者が一貫して懸念してきたのは、それを専門職大学・短大という制度設計によって実現しようとしたことの是非なのである。

専門職大学はどこへ

 最後に、本題に戻ろう。今後、専門職大学は、どうなっていくのか。現存の専門学校からの転換や大学・短大からの移行が、それほど活発には起こらないのではないかという点については、繰り返し述べてきた。

 では、どうなるのか。制度はできたものの、学校数としてはきわめて少ないニッチな分野にしかならないのだろうか。

 量的にはそうかもしれないが、ただ、新制度の発足後の動きの中で、筆者にとっても専門職大学の今後の「ありうる可能性」を構想する上で気になるニュースが、いくつか飛び込んできた。

 1つは、静岡県が、現存する県立農林大学校(磐田市)を全国初の農林系の「専門職大学」に転換する方針を示したというものであり(参考)、もう1つは、山梨県富士川町の有志が、県立高校再編で廃校が決まった地元商業高校の跡地に、起業家育成を目的とする県立の「専門職短大」を誘致するよう要望し、町としても県への要望を検討しているというものである(参考)。

 どちらも地方紙に掲載された小さな記事でしかなく、いまだ方針や要望にとどまる段階のものではある。その意味で、現時点で細かな点を論じても仕方がないが、しかし、注目すべきポイントはある。

 第一に、どちらも、公立の専門職大学・短大の設置を目指していること。2018年以降、さらなる18歳人口の減少が進む高等教育(大学)マーケットにおいて、専門職大学が一定の魅力を持つためには、入学者にとって授業料負担の少ない公立という設置形態は、無視し得ない好条件となるだろう。

 第二に、どちらも、都市部に立地する大学として、各地から広く入学者を集めるという発想ではなく、徹底的に地域に密着し、地元の職業教育ニーズに応えようとする専門職大学・短大の構想であること。

 現在でも各地の自治体が、地域振興の狙いのもとに、経営難に陥った地元の私立大学を「公立化」する動きが続いているが、必ずしもうまくいくケースばかりではない。しかし、大学・短大なら、どんな学部でも闇雲に公立化するといった発想ではなく、そこに、地元の産業ニーズを背景とした職業教育の拡充という要素を加味できるのであれば、それなりの強みを発揮できるのではないか。

 以上はもちろん、あくまで仮想の構想・検討でしかない。しかし、せっかく創設された専門職大学・短大という新制度を無駄にしてしまわないためには、社会的にもそれなりの智慧と工夫が重ねられなくてはならないことは確かであろう。

筆者:児美川 孝一郎




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