高校野球未経験…ロッテ異色の育成ドラ1和田 プロになれた3つの転機 – スポーツニッポン

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プロ入りの決意を語るロッテ育成ドラフト1位の和田
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 ロッテは5日、東京都内のロッテ本社で育成2選手を含む新人8選手の入団会見を行った。異色の経歴で注目されるのは、BCリーグ富山から育成ドラフト1位で指名された和田康士朗外野手(18)だ。高校入学時は陸上部に入部。高校野球の未経験者が、どのようにしてNPBの舞台にたどり着いたのか。3つの転機に迫った。 (町田 利衣)

 6人きょうだいの4番目として生まれた和田は、幼少期から3人の兄と外で遊ぶのが日課だった。中学まで野球をやっていた父・守雄さん(50)の影響もあり、小学4年で野球を始めると、東松山市立北中では軟式野球部に所属。地区選抜に選ばれるほどだった。しかし、股関節の故障もあり「選抜でほかの選手との力の差を感じたし、高校ではやれないと自信をなくした」と野球をやめた。

 自分には何が合っているのか――。足には自信があった。陸上部だった長兄の影響もあった。小川高に入学すると、陸上部の門を叩いた。最初は砲丸投げや円盤投げ、やり投げまで経験。7月に走り幅跳びを専門とすると、9月には埼玉北部の大会で好成績を収めて県大会出場を決めた。走り幅跳びを始めてわずか2カ月で県15位、自己ベストは6メートル45。陸上でも、驚異的な成長曲線を描いていた。

 しかし、ふと目にしたテレビ中継が和田に、野球への熱い思いをよみがえらせた。そこに映っていたのは小、中学時代ともに戦い、山村国際で野球に明け暮れる友人。ベンチ入りメンバーとして、埼玉大会の開幕戦で強豪の花咲徳栄を破った。「ベンチで頑張って声を出しているのを見て、自分もまた野球をやろうと思った」。1月に陸上部を退部。しかし小川高野球部は人数が少なかったこともあり「レベルの高い野球をやりたい」と周囲に相談。実家近くのクラブチームはいくつかあったが、簡単に高校生を受け入れてはくれない。

 それでも父の知人が在籍し、甲子園経験者もいた都幾川(ときがわ)倶楽部硬式野球団が入部を快諾してくれた。甲子園への憧れも「ありました、正直」と語るが、大学生や社会人のチームメートと白球を追いかけ、高い潜在能力が、花開きつつあった。

 高校3年秋。大学進学を考えていた和田は「腕試しに」とBCリーグ合同トライアウトを受験した。すると代名詞のフルスイングと俊足が富山・吉岡監督の目に留まり、驚きの1巡目指名を受けた。うっすらと「NPB」への道が見え始めたが「理想は2年。2〜4年で行けたらいいな」と思い描いたという。しかし今季、後期が始まった6月下旬頃から、スカウトが頻繁に訪れるようになった。原石は、1年目から左翼のレギュラーとして68試合に出場し打率・271、1本塁打、14打点、14盗塁。体力面でも適応能力を見せつけ、10月26日のドラフト会議で、ついに「育成1位」として夢の扉を開いた。「焦らずに体づくりをして、まずは支配下を目指したい。持ち味のフルスイングを貫き、最終的にはトリプルスリーが目標です」。甲子園を目指さない道を選んだ男が、大きな夢を胸に憧れの世界に飛び込む。

 ▼ロッテ・小林敦担当スカウト(今年4月に初めて見たときに)フルスイングと足の速さが目に留まった。(その後は)だんだん打撃も力をつけ、成長していると思った。おとなしいのが心配。野球では荒々しくやってほしい。




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