主の変容:イエスの神秘を照らす輝き、教皇、日曜の集い – バチカン放送局

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教皇フランシスコは、バチカンで3月12日、日曜正午の祈りの集いを持たれた。


説教で教皇は、この日のミサ中朗読された、「主の変容」のエピソード(マタイ17,1-9)を取り上げられた。


この箇所は、イエスがペトロ、ヤコブ、ヨハネの3人の弟子を連れて高い山に登った時、イエスの姿が彼らの前で変わり、顔が太陽のように輝き、服が光のように白くなった出来事を記している。この時、弟子たちは、モーセとエリヤが現れてイエスと語り合うのを見た。


教皇は、「輝き」によって特徴づけられるこの出来事は、弟子たちの精神と心を照らし、彼らの師イエスが誰であるかをはっきりと理解させる目的を持っていたと述べられた。


イエスはエルサレムへの途上にあり、そこで死を宣告され、十字架につけられることになるが、イエスはこの十字架という、弟子たちの信仰にとっての大きな「つまづき」に備えるため、またご自分の復活を予告するために、メシア、神の御子としての姿を現されたと教皇は説明。


この時、光の輝きが、イエスの神秘を突然照らし、そのすべてのペルソナと出来事を明るみに出したと話された。


「イエスが示そうとしたメシアの姿は、皆の期待とは異なるものであり、それは力と栄光に満ちた王ではなく、謙遜で、無防備、貧しく、枕するところも無いしもべの姿であった」「これこそ、神の逆説的な啓示であり、その驚くべきつまづきのしるしは十字架であった。しかし、まさに十字架を通してこそ、イエスは栄光ある復活に至られた」と、教皇はこのように語られた。


「タボル山で変容されたイエスが弟子たちにご自身の栄光を示されたのは、彼らに十字架を避けさせるためでなく、十字架が導く場所をお見せになるためであった」と説く教皇は、「イエスと共に死ぬ者は、イエスと共に復活するだろう。イエスと共に戦う者は、イエスと共に勝利するだろう」と強調。


そして、この四旬節の間、十字架のイエスの姿を、キリスト者のシンボル、わたしたちのために死に、復活されたイエスの象徴として、崇敬をもって観想するよう招かれた。





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