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6年たったアメリカ生活で感じるスマホ社会への変化

【元記事をASCII.jpで読む】

 11月10日は、筆者が米国に引っ越してきてちょうど6年が過ぎたタイミングでした。月日が流れるのは早いものです、というのは簡単ですが、大きな節目を迎えているような印象もあります。

 2011年は、日本にとって大変な時期でした。3月の東日本大震災は、明らかに非常事態でしたし、それはまだ終わっていないことを思い知らされるニュースが流れてきます。

 2005年に仕事を始めてちょうど6年が経つことから、2011年の年初には米国への引っ越しを考えていました。しかし震災があって、夏を過ぎるまでは、あまりそのことを考えられなくなっていたことが思い出されます。

 準備を始めて渡米するまで、およそ2ヶ月程度だったと記憶しています。ビザを取って、超円高の中でお金をドルに換えて、エージェントにお願いしてバークレーで住むところを決めて……。飛行機に乗り込んだときに、やっと一息つけたようでした。

 もちろん、こちらに来てからの方がもっと大変だったのですが。

2011年からの6年間は米社会がスマホで大きく変化
マリファナの取引もスマホで

 ケータイ世代かつテクノロジーについて興味を持っている筆者からすれば、2011年というタイミングは、米国で暮らし始めるにはベストだったと思います。アメリカのさまざまな物事が、スマートフォンというインフラによって解決されていく、そんなタイミングに立ち会うことができたからです。

 交通、カーシェア、決済、個人間のお金のやりとり、レストラン情報と予約、出前、自治体のサービス、医療、教育、さらにたくさんのことが、スマートフォンの機能やそこで動作するアプリによって、偏在化し、最適化し、オンデマンドで解決し続けてるのです。

 最近驚いたのは、カリフォルニア州で合法化されたマリファナを購入まで、アプリによって実現するようになった点です。路地裏での取引はもはや過去のものになってしまい、新しい売買の場はスマホのアプリなのです。

 もちろん合法化されたことが最大のインパクトではありますが、真っ先にスマホアプリが登場するあたり、スマホの時代の象徴的な出来事といえるのではないでしょうか。

クルマ社会とスマホ社会の狭間

 6年前の記憶を辿ると、東京で暮らしていると自動車が必要になる場面は非常に少なく、レジャーやちょっとしたイベントの準備で荷物が多いときに限られていました。クルマが好きな方の筆者ですら、あえて所有しようと思わない程度に、クルマのない生活が定着してしまっていたのです。

 しかしアメリカで自家用車なしに生活できる地域は、その存在自体が希少です。同じ大都市でも、市街地が川に挟まれ交通機関も充実するニューヨークは大丈夫かもしれませんが、市街地が拡大したロサンゼルスでは難しいでしょう。

 2011年当時のサンフランシスコ郊外のエリアも、自家用車なしでの生活は難しく、筆者も持つつもりがなかったクルマを急いで入手しました。

 しかし現在なら、UberやLyftといったライドシェアサービスがあり、路上駐車してある車をアプリから予約して利用できるカーシェア「Gig」もあることから、はじめからクルマを持たなくてもライフスタイルで不便する事はないでしょう。

 「クルマ社会からスマホ社会へ」。特に移動においては、スマートフォンのアプリが移動を司るようになりつつある昨今、そんなフレーズが頭に浮かぶようになりました。米国において最も重要なプロダクトが、クルマからスマホに移っていくかもしれない、という予感を与えてくれるのです。

Teslaはライフスタイルやアイデンティティを表現できるが
iPhone Xでそれは可能?

 単純な比較は適当ではないかもしれませんが、iPhone Xは999ドルからとスマートフォンとしては最も高価な部類に入るスマートフォンです。

 iPhone 8と同じプロセッサやカメラを搭載していますが、有機ELディスプレイとTureDepthカメラによるFace IDを搭載し、新しい、未来のスマートフォン体験をもたらしてくれる。これがiPhone Xのプロフィールです。

 クルマ社会とスマホ社会を比べるとき、つい、そのビークルとしてのクルマとスマホを比較したくなります。高級スマホは、高級スマホなりの体験をもたらしてくれるのかという点です。

 クルマには、ブランドや形式、エンジンのサイズなど、さまざまな要素が存在し、また移動する体験を大きく左右します。どんなクルマを選ぶかは、ライフスタイルやライフサイクルからも検討が加えられます。

 100万円のクルマから1000万円を超えるクルマまで揃っていますが、いずれも移動自体はできますが、その体験は異なるものです。

 シリコンバレーの新興電気自動車メーカーであるTeslaは、高級セダン「Model S」から自社製造での展開をはじめ、大型高級SUVのModel Xを追加しました。2017年には3万5000ドルとそれまでの半額以下に価格を抑えた「Model 3」を発売しました。

 Teslaは自動運転に近い運転支援を早くから採り入れ、その加速性能や静粛性などは、それまでのクルマとは異なる価値をもたらしています。それ以上に、電気自動車という環境性能はライフスタイル以上にアイデンティティを表現するには十分でした。

 では、999ドルのiPhone Xは、どんなライフスタイルやアイデンティティを表現してくれるのでしょうか。

スマホ時代の社会はモノより情報が中心?

 おそらくiPhone Xを持っていても、予約をうまくこなし、スマホにそれだけの金額が出せる人、という以上のアイデンティティやライフスタイルのアピールにはならないのではないかと思います。

 そもそもスマホ社会において、持っているスマホがアイデンティティを示すものになり得るか、ということを思い出す必要があります。

 持たない時代、共有する時代、ストーリーが大切な時代と言われる昨今において、スマホは個人が持つ必要最低限のモノの1つであり、持っているモノが個人を語る時代ではないというわけです。

 それよりは、手元にあるスマホで、どんな情報を得て、どんな情報を発しているのか、コミュニケーションを取っているのかが、ライフスタイルやアイデンティティを示す要素になっているように思います。

 そうした議論を自分でひっくり返すような話かもしれませんが、一方でアメリカは消費が中心の国であり、教育にしろ医療にしろ、お金からは離れることができない側面も大いに感じています。

 せっかく浮かんだスマホ社会という言葉について、もう少し考えてみたいと思います。




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